【お芋文庫】「でっかいグラタン」

とても熱い、暑い、夏の日。
僕は炎天下の中、ヨレヨレと歩いていた。
すると。
道路の真ん中に、でっかいグラタンが落ちているのが目に付いた。
落ちているというか、置いてあるのか、これは。
そのグラタン皿は直径が3メートルぐらいあり、とにかく巨大。
こんなでっかいグラタン、どうやって作ったんだろうか。
僕は、そのでっかいグラタンに近寄り、じっと観察してみた。

いま、焼きあがりました!焼き立てアツアツです!ってな具合に、
そのグラタンはホワイトソースのところがぷくぷくしていて、
溶けたバターが染み込んだパン粉は、こんがりと焼き色がついており、
それはそれはとってもうまそうだった。うまそうなにおいも漂ってくる。
チーズの下に海老が並んでいるのが見えるので、これはエビグラタンってやつだ。

そういえば、今日はまだ昼食をとっていない。
さっきまで「こんな暑い日は冷やし中華かな~」なんて思っていたが、
こんなに美味しそうなグラタンが目の前に現れてしまったら、
僕はこれを食べざるを得ない。
食べて良いのかどうか、わからないけれど。
でもな~、食べちゃダメって書いてないしな~、
冷めないうちに食べた方がこのグラタン作った人も嬉しいんじゃないかな。
きっとそうだ、よし、食べちゃおう。

僕はエビグラタンを食べようと思い、しゃがみこんだところで、
スプーンが無い!と気がついた。
「そうだそうだ、スプーン借りてこなきゃ」
すぐ近くの民家にかけこみ、
「すみません!お願いですからスプーンを貸して下さい!なるべくおっきいの!」
と、おしっこもれそうな勢いで訴えた。
その民家のおばさんは、僕の形相に圧倒されたみたいで、
わけもわからないまま、
「ス、スプーンね、ちょっと待ってね・・・」
と言って台所から何本かのスプーンを持ってきてくれた。
「こんなのしかないけど…お玉の方がいいかしら?」
「ありがとうございます!お玉がいいです!」

と、そんなこんなで僕はお玉を借りる事ができ、
急いででっかいグラタンのところに戻った。
さっきよりホワイトソースのところのぐつぐつが弱まっていたけど、
まだ充分焼き立てアツアツのエビグラタンだ。
「いっただっきまーす!」
お玉をグラタンの中に差し込むと、マカロニたっぷりの、とろりとしたホワイトソースをすくいあげることができた。
チーズがぴよーーーっと伸びる。これはうまそうだ。
僕はすぐにでも食べたい気持ちをおさえつつ、
グラタンをふうふうして冷ました。
そして、ひとくち。
「あっつい。はふっ。ほふっ。おいっしーーー!」
そのでっかいグラタンは、すっごく美味しかった。
僕が夢中になって食べていると、さっきお玉を貸してくれたおばちゃんがやってきた。
「あらまあ。でっかいグラタンだこと」
「おかげさまで美味しく頂けてます。奥様も、どうですか?美味しいですよ」
「あら、そうかい。じゃあ私もスプーン持ってきて、いただきましょうかねえ」
そう言っておばちゃんはスプーンを取りに家に戻ったかと思うと、
今度は大勢の家族やお友達や近所の人や道行く人を連れてやってきた。
「せっかくだから、みんなでいただきましょ。アナタと私二人じゃ、どうせ食べきれないし」
「そうですね!みなさんも是非!あ、押さないで下さい!まだたっぷりありますから!」

30分もしないうちに、グラタンはすっかりたいらげられてしまった。
僕と一緒になって食べていた人たち(おばちゃん含め)は、
完食と同時に散り散りに居なくなってしまった。
でっかいグラタン皿が、ポツンと残っている。
このまま、皿だけを置いて僕も帰ってしまうのは、なんだか悪い気がする。
どうにかして持ち帰って、お庭でデッキブラシとホースを使って綺麗に洗って、
「ごちそうさま!」と、作ってくれたコックさんに返したい。お礼も言いたい。

僕はでっかいグラタン皿を持ちあげようとした。
しかし、特別に重い素材でできているのか、地面からピクリとも動かない。
重いというより、これ、地面にくっついているんじゃないだろうか?

途方に暮れていると、グラタン皿の底に何か文字が書いてあることに気がついた。

【このグラタンは、ぼくのばんごはんです。たべないでください。】

えええええええええええええええええ!!
食べちゃったよおおおおおおおおおおおおお!!!
食べ終わらなきゃ見えないとこに注意書き書くなよおおおおおお!!!

僕は全力で走って逃げた。