【お芋文庫】「耳毛」

ある朝鏡を見たら
右の耳から毛糸が出ていた。
ぴょろんと1本。
引っ張ってみると
耳のとこがずぞぞぞぞーってなりながら
毛糸がどんどん出てくる。
色んな色が混ざったような、わりと美しい色の毛糸だった。

会社に行って
同僚に相談したら
「編み物でもしてみたら?」
と言われたので
編んでみることにした。

編んでも編んでも毛糸が耳から出てくる。
私は仕事も食事も何もかもを忘れ
ひたすら毛糸を編むことに熱中した。

やがて、会社は首になった。

編んだものは適度なところで糸を切って処理し、
雑貨屋さんで売ってもらうことにした。
雑貨屋の仕入れ担当の人は
「まあ、綺麗な毛糸ですね」と喜んで買い取ってくれた。
私の耳から出てきた毛糸で編んだことは言えなかった。

私の毛糸作品は、飛ぶように売れた。
うちの店でも扱いたいと色んな店から申し込みが増え
なかなか生産が追いつかなくなってきた。

しかしある日。
毛糸がぷっつりと途切れてしまったのである。
鏡とペンライトを駆使して
耳の中を覗いて見てみたけれど、何も無い。
手芸屋さんで毛糸を買ってきて編んでみたけれど、
やっぱり何か違う感じだった。
これは売れないだろう、きっと。

途方に暮れていると、
雑貨屋の仕入れ担当の人がやってきた。
納品するものがわずかな量しか無かった。
どうしたんですか、と聞かれたけれど
今までの毛糸作品がすべて
私の耳から出てきた毛糸で編んでいたことや
「その毛糸が出てこなくなったんです」なんて
言えなかった。
耳から出てきた毛糸で編んでたなんて言ったら
きっとみんな私の毛糸作品を捨てるだろう。

適当な言い訳をして
私の毛糸作品を扱ってもらっていたお店に
生産終了を告げた。

みんな残念がっていた。
わたしも残念だ。
こんなガッカリを産むなら
最初から出てこないでほしかった。毛糸。