【お芋文庫】「味噌汁スタンド」

近所に『味噌汁スタンド』なるものができた。
ガソリンスタンドの、味噌汁版ということらしい。
と言っても、車に給油する代わりに味噌汁を…というわけではなく
その味噌汁は、人間が飲むものであるということ。
つまり、車を持たない僕でも行く事ができる。

「味噌汁なんて、家で作ればいいじゃない。」
と思うかもしれないが、
『味噌汁スタンド』に行けば
日本各地のさまざまなお味噌が選べて
具も、なめこやネギ、お豆腐、ワカメ、と定番のものの他に
コンニャク、パプリカ、白玉、おせんべい、などなど
ちょっと変わった具も、なんでも選び放題なのだ。

駅前で受け取ったチラシを隅々まで目を通し、
お店のホームページもブログもツイッターもフェイスブックも全てチェックした。
ものすごく、行ってみたい。

翌朝、朝食を食べずに『味噌汁スタンド』へ立ち寄った。
店内は、カウンター席のみのようだ。
「ヘイラッシャイ!」
カウンターの中から、板前さんみたいな感じの男性が
僕の方を見て威勢の良い声を発した。

チラシやホームページにあった通り、
味噌の種類も具も、本当にたくさんの種類がある。
でもここはあえて、オーソドックスなものにしよう。

「えっと、味噌は江戸甘味噌で、具はワカメと豆腐でお願いします」
「かしこまりましたぁ!」

朝刊に目を通しながら、味噌汁ができあがるのを待った。
でも、味噌汁のことが気になってしまい、
僕の目線は朝刊越しのカウンターの中に、つい向いてしまうのだった。
店員さんが、テキパキと準備をしている。

「へい!おまちい!」

ほとんど朝刊の内容は頭に入らないまま、5分ほどが経過し、
僕の目の前にコトリと味噌汁椀が置かれた。

そのお椀は、家にある普通のお椀より、
ひとまわりもふたまわりも大きいお椀で、
そっとフタをあけると、もわもわと湯気がたちのぼった。
すごく、おいしそうなお味噌の香り。

「いただきます」
僕はまず、お椀をそっと持ち上げて、一口すすった。
んん!!これは美味しい!!!!
普段、味噌汁なんて、ご飯を食べている合間に
ほんの片手間で飲んで、残った汁を最後に一気飲み!
ということが多いけれど、
この味噌汁スタンドでは、
ひとくち、ひとくち、ゆっくりと味わって食べることになる。
お店の雰囲気が、そうさせるのだ。

最後の一滴まで飲みほした僕は、静かにお椀の蓋を閉め、お会計を済ませた。

「お味噌汁って、こんなに美味しいものだったんですね。ごちそうさまでした」
「ありがとうございます!喜んで頂けて、こちらも嬉しいです!」

あまりの美味しさに感動した僕は、
次の日から毎日『味噌汁スタンド』に通った。
気分によって味噌の種類を変え、
具も旬のものを選んだり、変わった具を試してみたり。

でもおかしなことに、
僕以外のお客さんが誰一人として入ってこない。
いつも、客席には僕一人。
このままではこのお店、つぶれてしまうんじゃないか、と心配になった。
かと言ってお店の人に
「はやってなさそうですが大丈夫ですか?」
なんて聞く事もできない。

たとえ他に誰もお客さんが来なくとも、
僕だけは毎日来なければ!と、なんだか使命感のようなものに駆られ
朝食のみならず、昼も、夜も『味噌汁スタンド』に足を運ぶようになってしまった。

栄養が偏らないように、具もバランス良く選び、
当然味噌汁だけではおなかいっぱいにならないので、
毎日オニギリを作って、おなかが空いたら、仕事の合間などに食べるようにしていた。

あまりに足しげく通った結果、
いつのまにか僕は、『味噌汁スタンド』の店長になっていた。
しかし、このお店の唯一の客である僕が居なくなった今、
誰もお客さんは来なくなった。
お店には僕一人になってしまったが
僕は自分自身のために毎日美味しい味噌汁を作り、
それを大事に大事に飲んだ。
とても幸せだった。