【お芋文庫】「一瞬だけ開くお店」

「いつも閉まっているけど、たまに一瞬だけ開く店がある」
そんな噂を聞いた。
その店は、商店街の真ん中ぐらいにあって、
いつもシャッターが降りているので、
僕は“つぶれた何かの店”だと思っていた。

ところが、その店は、あまりにすばらしいものを売っているせいで、
たまに開店することがあっても、
一瞬で売り切れてしまい、すぐに閉店してしまうのだそうだ。

そのお店のシャターはペンキで真っ白に塗ってあって、
何を売っているのかどころか、
お店の名前も電話番号も何ひとつ情報がない。

運よくその「何か」を買えた人によれば、
ものすっごく「いいもの」を買えたみたいで、
自分が何を買ったのか、町の人々みんなに知れてしまうと、
そのお店の前で開店を待つ人が出るかもしれないので、
「何を買ったのかは秘密にしておきたい」と言っているらしい。

何を買えるのかわからないにしても、
ものすごく気になってしまう。
このお店の噂は瞬く間に町中に広まった。

一体何を売っているのか、それはいくらぐらいするのか、
次のオープンはいつになるのか、全くわからなかったが、
お店の前で並んで待っている人がでてきたりもした。
しかし、お店のシャッターは3日経っても1週間経っても開かなかったようで、
待っていた人たちはやがて諦めて帰っていく、という光景が
たびたび見られた。

僕もやはり、そのお店のことがすごく気になってしまい、
ダメ元で、有給休暇をとって1週間の休みを作った。
缶詰やバランス栄養食品、お水、野菜ジュース、などなど
食べ物や飲み物をリュックサックにぎっしりと詰め込み、
真っ白なシャッターの前に、釣りの時に使う小さい椅子を置いて、
腰を据えてしばらく待ってみることにした。

道行く人が、ジロジロと僕の事を見る。
最初はその視線が気になって、
何度も家に帰ろうかと思ったが、
僕が家に帰った途端、シャッターが開いたら…と思うと悔しい。
次第に周りの視線やヒソヒソ声も気にならなくなり、
僕の後ろに並び出す人もチラホラ出始めた。
ますます、家に帰るわけにはいかなくなった。

僕が並び始めて7日目の朝のことだ。
食糧や飲み物もほとんど底をつき、
明日からは普通に会社に行かなければならない。
お風呂にも入っていないので、
頭や体のアチコチが痒かった。
こうやって並ぶことができるのも、今日で最後。
やっぱり駄目かぁ…と少し諦めていたが、
なにやらシャッターの中で音がする。

従業員がやってきたんだろうか!?
僕も、僕の後ろに並ぶ人も、
みんな耳を澄ませてシャッターに張り付いた。
もう座ってなんていられない。
釣り用の小さな椅子も、畳んでカバンにしまった。

ついに「何か」が買える!!
僕はもう、ものすごくドキドキしてしまって、
シャッターがあがるのを、いまかいまかと心待ちにしていた。
きっともうすぐ開く。もうすぐ。もうすぐ。

ガラガラガラ。
シャッターは、何のまえぶれもなく、突然開いた。
「いらっしゃいませ。大変お待たせいたしました」
店員さんが頭を下げた。
僕は、ゆっくりと店内に足を踏み入れる。
店内は、なーーーーんにもなくて、壁がまっしろだった。
まっしろなシャターが開いても、中もまっしろ。
「すみません。失礼な話なんですが、何を売っているのかわからずに並んでいたのです。
このお店では、何を売っているのですか?」
僕が店員さんに尋ねると
「何も売っていませんよ」
店員さんは、にこやかにそう答えた。
「え?何も売ってないって…。
このお店ですごく“いいもの”が買えたって人の話を聞いたんですけど」
「いいもの?」
店員さんは、ナンノコッチャワカラナイというような表情になった。

「じゃあ、このお店は何のお店なんですか?」
「当店は、並ぶ事を楽しんで頂くお店です。
お客様には、当店に並んで頂いたお礼としまして、
お並び頂いた“時間”をお返ししています。
お客様にお並び頂いた時間は、6日間と2時間37分ですので、
146時間37分をお返し致します」
店員さんは、電卓を叩きながら、淡々と僕にそう告げた。
「時間を返すって、どうやって…?」
「奥の部屋にお進み下さい。では、次のお客さま、お待たせいたしました」
店員さんは僕を奥の部屋に進むように促すと、僕の後ろのお客さんの接客を始めた。
わけもわからず促された方に進むと、正面にまっしろなドアがひとつあって、
そのドアには『ゆっくりとドアを開けてお進み下さい」と書かれていた。
ゴクリと唾を飲み込み、ドアノブに手をかけ、ゆっくりとドアを開いてみる。
音もなくドアは開いた。そのドアを空けても、またもやまっしろな部屋だった。

「お客様、こちらへどうぞ」
部屋に入ると、さっきの店員さんとは別の、ヒョロリとしたスーツ姿の男が居た。
「今回は、お楽しみいただけましたか?」
「ええ、はあ、まあ…」
確かに僕は毎日くじけそうになりながらも、ワクワクした気持ちを味わう事ができた。
特に、さっきシャッターが開く瞬間。
あの瞬間なんて本当に嬉しくて嬉しくて、いままでのどんなできごとよりワクワクした気がする。
僕はその時の様子を、身振り手振りを加えながら、店員さんに話した。
「それは良かったです。
では、こちらのゲートをくぐって頂きますと、
あなたに146時間37分が返却されるようになっていますので、
足元にお気をつけてお進みください。
この度は、ご利用誠にありがとうございました」

その部屋の突き当たりには、なんだか遊園地のアトラクションみたいなゲートがあった。
これをくぐったら、どうなるんだ?
7日前に戻るってのか?
そんなまさか…。
そんなことを考えながら、僕はゲートをくぐった。
進めば進むほど、真っ暗だ。
なにも見えなくなった頃、暗幕のようなものにぶつかった。
手探りで暗幕の切れ目を探し、めくりあげてみる。

暗幕をめくると、外に出た。お店の裏側に出たようだ。
キョロキョロと周りを見渡すが、街並みは特に変わった様子は無かった。
さっきまで並んでいたお店の表側に戻ってみると、ふたたび真っ白のシャッターが降りていた。
今日は一体何日だ?と確かめたくなったが、
携帯電話もとうの昔に充電が切れており、僕は日付を確認できるものを、
何も持っていないのだった。

とりあえず「1週間ぶりの風呂に入ろう!」と思い、近くの銭湯に行ってみた。
番台にある日めくりカレンダーを見ると、
あの真っ白な店に並び始めた日付に戻っていた。
僕はゆっくりとお湯につかりながら、
残りの6日間、何をして過ごそうかと思いを巡らせた。
旅行に行こうかな、部屋の模様替えか?、読書や映画鑑賞もいいな。
わくわくわくわく。