【お芋文庫】「bar 銀河鉄道」

“行きつけのバー”というのが欲しいと思った。
ある日突然、なんとなく思った。
会社の帰り道、以前から気になっていたバーの前で足を止める

bar 銀河鉄道

すごく昔からやっていそうだし、
お店に入っていく人は常連サンばかりみたいだし、
僕みたいな若造が入っても、きっと浮いてしまうに違いない
そう思って、毎日素通りしてきた

今日は、思い切って入ってみることに決めた
今朝、星座占いでは、さそり座が1位だった。
今日しかない。きっと

からんころんからーん
・・・なんてコントみたいな音はしなかったけれど
bar 銀河鉄道の扉を開けると
シャラシャラと、なんだか品の良い金属製の音がした

「いらっしゃい」
カウンターの中からマスターが声をかけてくれた
カウンター席は常連客でいっぱい・・・と思いきや、誰も居なかった
「あ、こんばんはー・・・やってます、よね?」
もう22時をまわっている。
お客さんが誰も居ないなんて、どうしたんだろう。。
戸惑いつつも、カウンターの端の席に座った

「お客さん、初めてだよね?コレがウチのメニュー。なににする?」
マスターが見せてくれたメニューには

オシャレ銀河
オモシロ銀河
スイーツ銀河
パラダイス銀河
マスターの気まぐれ銀河

と、あった。なんだこれ・・・パラダイス銀河って。。。
「お!お客さん、戸惑ってるね!いいね!
ウチの店はね、銀河鉄道屋なんだよ。
『銀河鉄道』って名前のbarだと思ったでしょ!?
逆なんだよ。『bar』って名前の銀河鉄道屋さんなのさ!」
「あ・・・、いや・・・、なのさ、って・・・」
「このbarカウンターは、銀河鉄道に乗車する前の受付カウンターってわけ。
ここでご注文を承りまして、そちらのエレベーターから各銀河の方へ入って頂く感じになっております。
メニュー、決まった?」
「えっと・・・銀河鉄道屋って何ですか・・・?」
「銀河鉄道知らないの?銀河を走る鉄道だよ。
のみもの屋だと思って入ったらのりもの屋だった~!みたいなね
そんな感じだよね。ごめんね。さ、どれにしましょ!?」
「乗り物?乗ってどこかいくんですか?ここから?」
「説明するより乗ったほうが早いから、まずメニュー決めなよ。
お兄さん、飲食店に入ったら全メニューの味をこと細かく聞くわけ!?
聞かないでしょ~。気になったやつ頼んじゃうでしょ~。気になったやつ、乗っちゃいなよ~」
マスターのテンションがどんどん上がってきている
僕は帰ろうかどうしようか迷った。
変な店に入ってしまった・・・

しばしメニューを見て考えたが、決まらない。
帰ろうか乗ろうか。
乗るとしても、ドレに乗ろうか・・・
気になったやつに乗っちゃいなとか言われたけど、全部気になる・・・
「オススメとかあるんですか?なんか、全然わからないから決めらんないっす。。」
「オススメは、気まぐれ銀河だね。他のは定番だし」
「んじゃ、その、気まぐれ銀河ってやつで。
あの・・・それって、おいくらぐらいするんですか?」
「エ!?何!?お金払うつもりでいたの!?
お兄さん、月や星に“キレイですね”とか言って、お金払ってんの!?」
「払ってないっすけど・・・」
この店のシステムが全然わからない。。

「んじゃ、マスターの気まぐれ銀河に決まりね。」
そう言いながらマスターは、カウンターから出てきて僕の両肩をつかみ、
「コチラのエレベーターからどうぞ~。」
と、陽気に言いながら、僕をエレベーター前まで押して歩いた。
導かれるまま、エレベーターの前に立つ。
静かにエレベーターの扉が開いた。
「詳しい説明はね、中でエレベーターガールがしてくれるから。よい銀河を~」
少しよろめきながらエレベーターに乗り込むと、扉が閉まり、笑顔で手を振るマスターが見えなくなった
「えっと、、、」
「いらっしゃいませ。はじめてのご利用ですね。」
エレベーターガールの声がして、ボタンの方を見ると・・・
きっちりと制服を着たエレベーターガールが立っていた
帽子もかぶっていて、デパートのエレベーターガールみたいな感じ。。
「マスターの気まぐれ銀河へ出発いたします。
揺れますので、席に着いて安全ベルトを締めてください」
エレベーターガールがそう言うと、椅子っぽいものが地面からニョッキリと生えてきた
「どうぞ」
促されて椅子に座る。エレベーターガールも椅子っぽいものに座った。
「安全ベルトはこのように締めてください」
言われた通りに安全ベルトを締めた。
ガタンと揺れがあって、エレベーターが少し下降したと思ったら
再びガタンと揺れて、エレベーターは前進し始めたようだった。
「あ、横移動なんですか」
「はい。珍しいでしょう、横移動するエレベーター」
「初めて乗りました。。」
「明日会社で自慢して下さいね」
「はぁ、、、そうですね。。」

「今回の案内役の、ルミです」
「あ、どうも。コマダと申します。。」
「当店は、どちらで・・・?どなたかの紹介ですか?」
「いえ、行きつけのbarが欲しいなあって思って、
前から気になってたんで、普通のbarだと思って、思い切って入ってみたんです。
そしたら、なんか、こんなことになっちゃって・・・」
「そうですかあ。大変でしたね。。でも、素敵ですよ、銀河鉄道って」

エレベーターの動きが、すぅっと止まった。
ルミが安全ベルトをはずし、立ち上がる。
それにならって、僕もベルトをはずして立ち上がった。
椅子っぽいものは、床の中にしゅるんと格納された。
どういう造りになっているのか、さっぱりわからない。SF映画みたいだ

「こちら、マスターの気まぐれ銀河でございます。
お足元にお気をつけて、お降り下さい。」
エレベーターから降りると、景色は宇宙空間だった。
「わ、すごい・・・」
「あれに乗るんですよ。」
ルミが指す方を見ると、無人駅のようなものがあり、小さな列車が停車していた。
「全国の銀河鉄道屋さんから、マスターの気まぐれ銀河を選んだお客さんがココに集まるんです
定員になり次第、発車しますから、私たちも乗りましょう」
「あの、、ルミ、さんも一緒に乗るんですか?」
「ええ。案内人ですから」

仕事帰りのサラリーマン姿の僕と、エレベーターガールの格好のルミが並んで座席に座る。
他の座席にも、色々な人が居た。主婦っぽい人、大学生ぐらいのカップル、作業着のおじさん。。
しばらく座って待っていると、座席の8割が埋まり、車掌さんが乗り込んできた。
「本日は、マスターの気まぐれ銀河にご来場頂きまして、誠にありがとうございます。
まもなく発車いたします。ご乗車のまま、いましばらく、お待ちください。」

バタンと車掌室のドアが閉まる音がして、列車はゆっくりと動き出した
窓の外はキラキラと輝く星々が見える。
「キレイだなあ・・・」
僕はペッタリと窓際に張り付いて、外の景色を楽しんでいた
「あれって食べられるんですよ。あの、光ってる星。」
ルミがそう言って席を立った。
座席の横に収納ボックスがあり、そこから何かを取り出した。
ぱちんぱちんと組み立てている。折り畳み式の網、のようなもの。
「これで、すくうんですよ。窓開けてもらっていいですか?」
僕は席を立ち、窓を開ける・・・

「さ、どうぞ」
ルミが折畳式の網のようなものを渡してきた。
「できるかな・・・」
僕は窓の外の星をすくってみることにした。
「よいしょ・・・あれ。結構むずかしいな。。。」
僕が苦戦して網を動かしていると、ルミもいつの間にか折畳式の網を持って並んでいた。
「こうやるんです。」
網は動かさず、列車が走る動きにまかせれば良いらしい。
ルミが持つ網に、次々と星がひっかかった。
「すくったらそのまま引いて下さい。
ちょっと眩しいですけど、収穫後は光を失うんで」
するするを網を引くルミ。手馴れている。
ピカピカしていた星は、ルミが車内に引き入れたと同時ぐらいに光を失った。
僕もマネしていくつか星をすくい、車内に引き入れた。
すぅっと光が消え、網の中にはコロコロと石のようなものがいくつか入っていた。
「これをね、割るんです」
ルミはそう言って収穫した星を、座席の手すりのところにぶつけて割った。
「あ!当たった!私はウニが入ってました」
「え!?ウニ???」
「コマダさんも、割ってみてください」
「う、うん。」
僕も、収穫した石を窓枠にぶつけて割ってみた。
「干しぶどうかな、これは・・・」
「あはは。星と干しをかけてるんですね。マスターったら・・・」

たくさんの飲み物を積んだワゴンを押して、売り子さんがやってきた。
「お飲み物はいかがでしょうか~。
ビール、サイダー、味噌汁、ビシソワーズ、おしるこ、各種取り揃えております」
「あ、来た来た。コマダさん、お飲み物は何になさいますか?」
「えっと・・・何があるのかな?」
「なんでもありますよ」
「ほんとに?青汁とかでも?」
「ええ。ありますよ。青汁でいいんですか?」
「あっ。いや、冗談です。ウイスキーをロックで」
「ウイスキーのロックと、焼酎水割りで。」
ルミがオーダーすると、売り子さんはテキパキとお酒を作った。
「ウイスキーのロックと、焼酎水割りでございます」
売り子さんは僕らにグラスを手渡すと、次のお客さんのオーダーを聞きに移動してしまった。
「じゃ、いただきましょうか。乾杯~」
「かんぱいー・・・」
「あ、干しぶどう食べて下さいね。私はウニ~。
他の星も割ってみてください。何が出るかな~って」
干しぶどうをつまみながら、他の星も割ってみた。
コロリとチョコレートが出てきた。
「コマダさん、甘い物ばっかり当たりますね。
私は何かなー。あ、ソフトさきいかだ~~~」

すくいとった星の中から出てきたおつまみで
しばらくお酒を飲んで、ほろ酔いになった。気分がいい。窓の外は銀河。
「どうです?barみたいな銀河鉄道でしょう!?」
「そうっすねー。いい店見つけたなあ~」
「行きつけの銀河鉄道『bar』ってことで」
「なんかややこしいけど、とりあえずヨカッタ。行き付けっていいよね」
「案内人が車内まで付くのは、基本的に初回だけですので。
次回はどなたかお好きな方とどうぞ。
あ、もちろんお一人でフラっと、でもいいですけどね」

一瞬車内が真っ暗になり、停電か?と思いきや、
いつの間にか来る時に乗ったエレベーターの中に居て、おどろいた。
椅子っぽいものに座って、安全ベルトをしている。
「夢じゃないですからね。はい、これお土産です。また来て下さいね」
ルミが、石をひとつ差し出してきた。
僕は、手のひらを広げ、その石を受け取る。
「さっき収穫した星の、食べられないやつ。
割っても何も出てきません。ていうか、割れないと思います。
それがあれば、銀河鉄道が夢じゃなかったってわかりますよね。それ持って、また来て下さい。」
「あ、ありがとう・・・」

まもなく、珍しい横移動エレベーターは動きを止め、
扉が開くと最初に入ったバーの店内に着いた。
「またのご利用を、お待ちしております」
そう言って、ルミが深々と頭を下げた。
エレベーターを降りた僕に、カウンターの中のマスターが
「おかえりなさい」
と、声をかけてくれた。
「あ、ただいま、です。」
「いかがでしたか?」
「楽しかったです。また来てもいいんですか?」
「ええ。いつでもどうぞ。次はパラダイス銀河なんか、どうですか」
「そうですね。それはどんな銀河なんだろ。じゃ、また来ます」
「パラダイス銀河はね、星が踊るんですよ。ようこそ~ここへ~遊ぼうよパラダイス♪ってね」
「ははは・・・楽しみです。」
「お気をつけてお帰り下さい。ありがとうございました」

ぼくは“行きつけのバー”ではなく、
“行きつけの銀河鉄道”を見つけた。
それでいい、と思った素敵な夜だった。